古城跡地の球場にて(2)

 その日の俺は、やはり普段とは違う雰囲気の中で、良い緊張感に包まれていたのかもしれない。
 その良い緊張感が、普段ならやれることをやらなかった理由となるとは、その時まで俺は気付いていなかった。
 一塁塁審をやっていると、三振アウトじゃなければ、一塁でのアウトコールが発生する。俺はそのコールを三種類用意していた、筈だった。
 明らかなアウトのタイミングであれば、無言のままに右腕を振り上げて、アウトを宣告し、近接したタイミングであれば「ヒズアウト」と発声し右腕を振り上げる。
 更に同時ではないかと思われるような、際どいタイミングであれば、右の拳を突き出すようにパンチアウトをしていた。
 その試合でも、そうしようと思っていたし、そうする筈だった。
 ただ、そのような際どいタイミングのプレーが、なかなか俺の前に回ってこなかった。
 その時は、突然に訪れた。回も進んで中盤に差し掛かった時、早い打球がショートに飛んだ。それを素早い動きで捕球したショートストップは一塁に送球した。
 明らかなアウトのタイミングだろうと送球とともに視線を一塁に移した俺の視界に、これもまた俊足の打者走者が一塁に迫っていたのだ。
 打者走者の足が早いか、送球が一塁手のミットに収まるのが早いか、息を呑むような一瞬、打者走者の足が塁に到達する前、間一髪で送球がミットに収まるのを俺は確認した。
 さあ、右腕の肘を後ろに引いた俺は、次の瞬間、前に繰り出す拳をそのまま上にあげて、「ヒズアウト」とコールしたのだった。どうしたのだ?パンチアウトをくれてやるんじゃなかったのか?
 そのイニングが始まる時のことだ。TさんとMさんが球場に入ってきたのを、俺は。お二人の名誉のために言っておくが、決してオーバーアクションをしてはいけないなどと言われたのではない。
 ただ、全日本選手権大会という雰囲気の中で、流石の俺も少し呑まれて、いつもの状態ではなかったということだ。コールした声がより大きかったのが、せめてもの救いだ。
 いずれにしても、試合は緊張感に包まれながら、順調に進み、試合時間も徒に長くなることなく終わった。やはり、全国から勝ち上がってきたチームの試合は、何かしらの影響を与えるものらしい。

 終わり

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