摘発のすすめ(内偵調査)3

 不特定多数の違反者を摘発しようとしての内偵調査と特定の人物を摘発しようとする内偵調査では、居宅であろうとも、飲食店舗であろうとも、工場等の事業所であっても、そのアプローチの仕方は違ってくる。
 居宅であれば、居宅の所在や周辺状況を確認するとともに、周辺での聞き込み調査が必要だ。いわゆる地取り捜査って奴だ。
写真があればそれを示して、なければそれまでに把握している人相風体や年令を元に聞き込みを行う。負い掛けている者が、そこに居ないことには話にならないからだ。
 居宅の内偵調査には、俺は良く管理している不動産会社に聞き込みを掛けた。
 会社によっては、守秘義務云々と言って、資料を出し渋ったり、剣呑な応対をしたりするところもあったが、押しなべて好意的な対応をするところが多かった。
 不動産屋にしても、入管や警察が聞き込みに来るような対象者が、自己管理物件に居住しているというのは不安なものだからだ。
どうしても協力しないという場合には、臨検許可状を用意して、交渉すると良い。

 周辺の住民への聞き込みは注意を要する。対象者と関係している可能性もあるし、聞き込みに訪れた住民が不法残留容疑者だったなんてこともあるからだ。
 対象が男である場合、近隣の小さな子供がいる家が良い。そこの奥さんが不貞でも働いていない限り、外国人の男と接触することは考えられないし、小さな子供がいることで、見知らぬ外国人が近所に居住していることに、不安を覚えていることが多いからだ。
 これは対象が女である場合も、確実な聞き込みが見込まれる。そのような家は、三輪車やペダルを踏んで動く車の玩具や洗濯物などからも推定できる。
 聞き込む場所の選定にも、知恵を働かせなければならない。対象者が出入りしているところを見ることができる家であるか、外出時に通り掛かる家であるか、場合によっては、少し離れて立地している家であっても、町内会の役員をしている家であれば効果的な聞き込みができる。
 そうして聞き込みを行うことで、摘発対象者であることを確認できるし、在宅している凡その時間なども把握できる。

 工場等の事業所の地取り調査は、民家の中にぽつんと事業所が存在しているのであれば可能だが、類似の事業所が集中していたり、工業団地の中にあったりした場合は、先ず不可能だと言える。
 しかし、俺の場合、内偵調査先の近隣に所在する以前に摘発した事業所の関係者から聞き込みをしたり、違反調査や実態調査を行ったことで知り合った者からの情報提供を受けたりしたこともある。
 また趣味を介して知り合った知人などからも、情報提供を受けることもあった。
 地方などでは、駐在所の警察官から聞くという方法もある。きちんと巡回している警察官からは、詳細な情報を得ることができる。
 ただし、駐在所の警察官の場合、家族ごと居住している関係から、内偵対象の事業所やそれに付随する居宅の関係者と親しくしていることが考えられる。
 それによって非協力的になるということよりは、当該の警察官から聞いたということを口外しないように、要請されることが多い。
情報を提供してくれた人物について秘密とするのは当然であるが、内偵対象の傍に駐在している警察官については、より一層の配慮が必要とされる。

 茨城県下の工場の内偵を行ったときの話だ。
 提報によると、大手のアルミサッシ製造業の下請工場で、タイ人の不法就労者(実際には不法入国や不法残留ばかりだった)が六十名ほど働いており、工場の周辺に会社が用意した寮に集団で生活している、ということだった。
 例によって、一泊付きの出張稟議書を切った。どうも役所というものは、出張にしても申請にしても、実際の内容を吟味せずに、記載されている数字に注目し、それによって旅費を計算したり、申請の可否を判断したりする傾向がある。
 このときの出張は、距離こそ片道百キロを超えていたから、文句のない一泊付きの出張だった。ただ、ここ一箇所を見て回るだけなら、造作のないことだったから、良心的な俺は近隣の数箇所の提報も携えて出発したのだ。
 大口の摘発先を先ずやっつけてやろうと思った俺の出鼻は、現地に到着して住所地番を頼りに工場の所在を確認しようとしたときに挫かれてしまった。
 地番が****-*と四桁であり、それに枝番が付いているということにもっと注意を払えば良かったのだ。
 国道から市内に入り、地図上の地番を一つ一つ確認しながら移動するのだが、予想していた場所にそれはなかった。
 地図がアバウトな地図であるのか、地番の付け方が緩々なのかは分からないが、これまでかなり遠方の場所で、地番も曖昧な場所でさえ見つけ出した俺の自信は、このときばかりは脆くも崩れ去ったのだ。
 このまま帰庁することはできないし、そうかと言って他の場所を内偵する気にもなれなかった。時間ばかりが過ぎようとしていたそのときに、俺は見つけたのだ。そうだ。駐在所がそこにあった。

 駐在所には、そこに居住する巡査が、奥さんと子供の三人で住んでいた。
 訪ねて行った俺に対応した巡査は、管轄地を入念に巡回しており、何処に誰が住んでいるのか、本当に細々としたところまで知っており、巡回連絡簿も詳細に記載されていた。
 巡査は、区画整理がなされていないこの地区の、俺が内偵しようとしている場所の所在を、手書きの地図を作りながら説明してくれた。
 当該の工場は当然として、提報にはない外国人従業員の寮となっているアパートなども教えてくれた。
 感謝の気持ちを身体全体で現した俺が、退出しようとしたときだった。奥の方で、それまでの様子をじっと見ていた奥さんが、夫である巡査を呼んだのだった。
 奥で何事か話していた巡査が戻ってきて、「私から申し上げるのも心苦しいものがあるのですが、お知らせした事業所の社長は、ここら辺りの名士で、実は私の娘が通っている小学校のPTA会長でもあるのです。
調査、摘発する為に協力は惜しみませんが、どうか、私から情報を得たというのは内密にお願いします。配置転換でもなければ、私も家族も此処にしばらくは住まなければならないもので、妻もそのことについては心配しておりますので、よろしくご配慮ください」
と言って来ました。
 提報者や聞き込みをした相手が誰であるのかを秘匿するのは、当然のことであり、そのような心配は要りませんよと答えたのだった。
同じ公安職員としてその巡査の状況は十分に理解できるし、それが例え民間人であろうとも協力者を秘匿することは当然のことでもあるのだから。

 親切な巡査のお陰で、所在地もばっちりと分かった俺たちは、あれほど迷って、見つけられなかった工場を意図も簡単に発見した。
 工場は南北に細長く百メートル、東西に五十メートル程の大きさで、東と南は大きな道路に面しており、北と西には車が一台通るかといった道路に囲まれていた。
 工場の入り口は東側に搬出用の大きなシャッターが付いている出入り口が一箇所、その横に事務室があるのかドアが設えられている。その他に内部に通じるドアは、西側に一箇所あるだけで、北側と南側は窓があるだけで出入り口は設置されていない。
 アルミサッシを製造する工場であることから、工場全体に自社で製造しているアルミサッシ製の窓が多いのが特徴だ。
 俺たちはゆっくりと車で一周すると、大きく開いていた搬出用の出入り口から中で、明らかにタイ人であろうと思われる男がサッシに窓ガラスを嵌め込む作業をしているのを現認した。
 ざっと見た感じで二十人程のタイ人らしき男が作業しているのを確認したから、工場の規模から見て六十人は眉唾物だが、少なくとも三十人は働いているだろうと俺は判断した。
 その後で、提報にあった居住地と巡査に教えて貰った寮などを見て廻り、写真を撮るとともにお手製の地図ができ上がった。

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