摘発のすすめ(悪性についての考察)

 行政罰である入管法違反者を何故、摘発し、収容して退去強制しなければならないのか。
「入管法違反者といっても、もともと入管が入国を認めるから、ここまで違反者が増えているのではないのか、入り口を規制する入管がしっかりとした入国管理をするというのが先だと思うが」といった警察官の発言にもあるように、どうも入管法違反者は重大な問題ではなく、取締りの対象としても優先的に行われるものではないといった風潮が社会全体に蔓延している。
 摘発現場でもマイクロバスに乗せられて、入管に連行されて行く違反者に縋るようにして阻止したり、別れを惜しんだりする姿は、正当な業務行為であるにも関わらず、護送する入国警備官はまるで人攫いをする山椒大夫のように見られさえもする。
 いくら統計上の不法残留者が少なくなったとは言え、そのような見方をされる場面は未だにあるだろうが、これから積極的に摘発しなければならないであろう不法就労する者や偽変造の旅券を行使する者、虚偽の申請によって在留を画策する者、それらに集るようにして収益を得ようとする者、取り締まらなければならない者は、より巧妙に、より目に付かないようにして存在している。
 それらの者の態様は、単純不法残留者より悪性が強いものであり、そこに眼を向けるには取り締まりの意義について考えなければならないものだ。

 俺は行政罰であっても、不法入国やその幇助、不法残留や資格外活動などの入管法違反者を放置することは、正常な法治国家のあり方ではないと考えることとしていた。
 特に期間が短い不法残留や逆に長期間に及ぶ不法残留については、失念によって在留期限を徒過したもの、逆に露見することなく不法残留を続けて、そうするうちに家族ができ、近隣の住民や職場の同僚とも交流を重ね、生活の根をしっかりと生やしてしまったようなもの、これらのものは不法残留期間が短いが故に摘発して早期に送還することで、不法残留期間が長期化して日本に根付くことがないようにしなければならないと考えた。
 長期に及ぶ不法残留者については、場合によっては在留が特別に認められるかも知れないので、不安定な身分のままに運を天に任せるような生活から抜け出させるためにも、積極的に洗い出して摘発しなければならないと考える。
 強制送還されることになるのか、在留が特別に許可されることになるのかは、摘発して、違反調査して、在留実態が明らかになってからの判断であるから、結果について思いを巡らせることはない。

 資格外活動の摘発に関して言えば、稼動しているところを押さえなくてはならないことから、情報を得て着手するまでの時間は極力短いものにしなければならない。
 間違っても二ヶ月も三ヶ月も内偵調査をやっているようなことがないようにしなければならない。
 そうだ、県警に対して「情報を得たのは、一月に発売された週刊誌の記事で、二月の集中取り締まり月間を挟んで、一月中旬から三月いっぱいまでの間、都合、十回、摘発先の内偵調査を実施しています。
 それぞれ内偵調査の時間帯は違いますが、摘発を実施する予定の時間帯の容疑者の数は、百名を越えるであろうことを複数回の内偵で確認しています。
 それらの者の集合状況を看視した結果、当該箇所から概ね5キロ圏内に居住しているものと思われ、店舗の営業開始時間は大体午後八時頃からとなっていました。
 店舗が所在する二棟のビルには午後六時頃からホステス等が集り出して、午後九時に百名を越えたのを確認しましたので、着手は午後九時以降になると思います」
と言った内偵調査の実際の期間は三日程度だった。
 しかし、内偵調査自体は話したとおりの詳細なものだったので、摘発を実施した結果も自ずと予定した成果を挙げている。

 不法入国や不法残留と違い、資格外活動容疑は実際に稼動しているときに摘発しなければならないから、情報を得て、内偵調査して、摘発実施に至るまでの時間にある程度の制約がある。
 同じ内容の報酬を得る活動をしていても、途中で在留資格の変更などがあれば、不法就労に当たる部分だけを捉えて、その者を退去強制手続に乗せるのは難しいからだ。
 逆に在留資格の変更によって、不法就労者となった者については、そのタイミングを捉えて摘発し、退去強制手続きに乗せることもできる。
 不法入国者や不法残留者が何時の時でも、入管法違反者であるのと対比して、不法就労者(資格外活動容疑者)は摘発するタイミングによっては法違反を問えない場合があるということだ。
 いずれにしても入管法違反者であるが、摘発・退去強制しようとするときに、もっともモチベーションを上げるのは、不法就労者(資格外活動容疑者)を対象としたときであると言える。

 このように法違反者の中でも、いつまでも法違反がついて回る不法入国者や不法残留者よりも不法就労者の方の悪性が強いと考えるのは、摘発されなければそれらの者はいつまでも正規の在留者として存在できるからだ。
 今でこそ「人文知識・国際業務」「留学」といった在留資格を有する者が、資格外活動が許可されていない職業に就いていて、もっぱら、明らかに不法就労している場合には退去強制手続に乗せることができるようだが,かつては元となる在留資格に関する活動と違法な活動との比較考量によっては退去強制に至らないケースもあった。
 深夜、会議室に集められた外国人たちの中には、これから何が自分の身に降りかかるのか、隣の者とひそひそと話している者たちがいる。
 そしてそこには同じ店舗で働きながら、既に違法な状態にある者と不法就労であっても在留資格を有している者との間に、微妙な壁が存在していた。
 単に人間的に好意を持って出来上がったグループであれば格別、そこにあるのはそうではない違反者の階級社会のようなグループが出来上がっている。
 俺はそれらの者たちの取り扱いに、ある種の区別をつけた差別化を用意していた。

 資格外活動許可を受けていても、許されている就労時間を大幅に超えていたり、風俗関係などの資格外活動許可範囲外の就労先であったりした場合には、原則退去強制すべきであると考えるのだが、当時はそういった者に対し、収容令書が発付されることはなかった。
 後日、呼び出しをすると言いながら、呼び出しをすることなく容疑不十分で事件は処理され、関係審査部門に通報はしても、次回の更新申請時に不許可にするか、短縮許可するかは分からない状況であった。
 だから、収容し退去強制できない者たちを帰宅させる時には、二度とここに来るようなことがないように、再び不法就労するような気持ちが起こらないように、きつく説諭して帰すようにした。
 それは残されて収容される違反者たちに、帰宅させはするがこれらの者たちも同じ不法就労者であり、特別な存在ではないのだと見せたいが為だった。
 そんなことしても意味がないと言う者もいたが、俺の中での悪性に対する仕置きとでも言ったところの意味はあった。
 今はそういった者たちも、在留審査部門で在留資格の取り消しを受けて帰国するようになっているから、取り締る者のモチベーションも少しは上がっているのかも知れない。

 俺は摘発するにあたり、既に入管法に違反していて、いつ、どこで、何をしていようと摘発・収容される者たちよりも、表面上は正規の在留者であったりそれを装っていたりして不法就労している者、正規の在留者であることを利用して不正規在留者を収益の対象としている者、偽装結婚を斡旋したり、偽変造の文書を作成したりして利益を得ようとしている者、相手が入管法違反者であることに付け入って利用しようとする者などを積極的に摘発したいと思っていた。
 残念なことに、日本人の配偶者や永住者には手が出せなかったこともあり、如何に工夫を凝らしてやっても、思うような結果が得られないことの方が多かった。
 そういった者たちに何らかの処分を与える為には、司法官憲との合同摘発が必要だった。
 では、既に入管法に違反していて、いつ、どこで、何をしていようと摘発・収容される者たちは摘発しなくても良いのかというとそうではない。

 そういった者たちの摘発も蔑ろにしていた訳ではない。どちらかと言えば、積極的に行っていたと言うのが正しい。他の班より、他の担当よりも一人でも多く、一箇所でも多くの摘発を実施していたと言って良い。
 摘発月間ともなれば、摘発実績を大きく張り出して、競うようなこともやった。
今にして思えば、あざとい遣り方だったとも思えて、かなり恥ずかしくもあり、反省すべき点も多々あった。
 ただ、そのような摘発を要求された時代であったということは言えるだろう。
何しろ記録上の不法残留者が30万を超えようとしていたのだから、事件の内容や意義などに頓着する余裕など無かったのだ。
 それでも俺たちは、毎日のように続くルーティンワークのような摘発の中に、自分たちのモチベーションを保つ為の考えを持たなければならなかった。
 それは今では割れ窓理論と呼ばれているものだった。

 摘発先でよく言われたのが、「在留期限を過ぎたことで、誰に迷惑を掛けている訳でもないのに」「日本人がやりたがらない仕事を一生懸命やってくれているのに」と言ったものだった。
 そこにあるのは手前勝手な理屈なのだが、その言葉だけをその現場で聞くと、確かに迷惑を被っている者はそこにはおらず、雇用主や同僚からすれば人手不足を補ってくれる貴重な人材であり、それを摘発して連行しようとする入国警備官は人でなしだという図式が形成されかねなかった。
 そこでそうした非難の矛先を向けられた俺が考えたのは、「在留期限を過ぎたことによって、直接に迷惑を被った者はいないかも知れない。何故ならそれによって迷惑を被っているのは日本という国であり、その国が定めた正規の手続きを執って在留期限を更新したり、在留資格を変更したりして在留している外国人たちである。
 正規の手続きに則るには、それなりに時間的・経済的負担をしている訳で、そうした負担もなしに勝手に在留しているということは、言ってみれば在留期間や在留資格を盗んでいるようなものだ」
 そうして労働力不足の解消としているという言辞に対しては、より峻烈な指摘をさせて貰う。

「日本人がやりたがらない。人を募集しても集まらない。だからと言って、日本に在留すること、就労することが認められていない外国人を雇用することは、不法就労の助長に当たるだけではなく、就労環境を改善・向上させる、就労に見合った報酬を支払う、不安定な雇用形態ではなく安定的な雇用を実現する等の根本的な事情を解決・解消する努力を怠って、無理に企業を存続させる為に不法就労者を利用しているに過ぎないものは、社会的に害悪である。
 事実、次から次へと不法就労者を雇用して、収益を上げていた企業が、その収益を将来の為に就労環境の改善や雇用状況の改善へ投資した結果、新規のそれも若い労働力を確保するに至った事例もある。
 そうであれば、企業は為すべき方策を執ることなく、法律に違反していることから、声を上げて権利を要求することの叶わぬ法違反者を、都合よく使っているだけだと言わざるを得ないものである」

 そうした現実に眼を向けることなく、情緒的にかわいそうであるとか、その者の人柄が良いから目こぼしがあっても良いのではないのかとか、利益を上げている雇用主だけではなく、直接に関係していない一般の人の中に不法残留や不法就労などの入管法違反が軽微なものであり、特段に厳しく取り締る必要などないのだという考えが広く蔓延することが恐ろしいものになる。
 そうした考えというものは、積極的に発信されるものもあれば、消極的に囁かれるものもあり、入管当局に直接発信されるものであれば、これまで話してきたように反論することができるが、そうでないものは当人が意識しないままに蔓延し定着する種類の考えである。
 そこにあるのは違法性の認識であるとか、公平性の認識であるとか、そうした状態を放置することによって起こり得る状態の認識であるとかについて、関心を持たないことに起因する状況なのである。
 そうした周辺の状況に対する無関心が違法性に関して鈍感となり、いずれは入管法違反者だけではなく、徐々に無法、違法な状況をその周辺に現出させるものだ。

 窓ガラスが破損したままに放置しておくと、不心得な者がそこにごみを捨てたり、他の窓も破損させようとしたり、通常、物を壊すという行為を行うことがないような者であっても、そうした荒れた環境・状況を見ると、意外なことに常にはやらないであろう行動をとるようになる。
 常日頃から不道徳な行動をとっている者であれば、それはより簡単に行われるものである。
 要するに荒んだ環境や状況が人をして、道徳心で規制し押さえていた行動をとり易くするものである。
 これを割れ窓理論と呼ぶらしい。俺は入管法違反者の取締りを行っていて、直接に関係しない者も、雇用者だったり、近隣に住んでいる者だったりする直接に関係する者も、そのどちらも外国人法違反者の取り締りに対して無関心か否定的な考えを持っている人たちに多く出会ってきた。
 そうした中で考えていたのは、多少の違反は良いのではないかという風潮が、俺たちの社会環境を悪化させる重大な要因となるに違いないということだった。
 それを理論付けて発表する訳でもなく、ただ、漠然とそう感じていただけなのだが、割れ窓理論と出会ってからは、やはり俺が漠然と抱いていた恐れが現実のものとなってきているということを知った。

 ここまで偉そうなことを言ってきたが、俺たちの方にもそういった考えを容認するような雰囲気があったのは間違いない。
 俺でさえ、入管法違反者の取締りと交通違反の取締りを、同じ行政罰だからという視点で比較考量していたのだから・・・。
 たまたま運が悪くて摘発された、ついてないなあ、ほんのちょっとの間だけなのに、交通違反の取り締りにあった者はそのように考えることが多い。
 それは俺も同様だったから、いざ入管法違反者の取締りをするようになってから、その考え方を改めなければならなかった。
 違反が直ちに何らかの事故に繋がらなくとも、違反者がいることで直ちに犯罪が発生しなくとも、そうした状態を放置することそれ自体が許されないのだと考えるに至るまでには、かなりの時間を要したものだ。
 取り締る側にそれだけの確固とした信念がなければ、取り締られる側の者も運がどうのという発想に走ってしまうというものだ。
 さあ、心ある入国警備官たちよ、これまで長々といろいろな話をしてきたが、少しでも参考になっただろうか。
 俺の話が、九時から五時までの公務員ではない、考える入国警備官の仕事の一助になれたら幸いです。

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