摘発のすすめ(内偵調査)4

 夜間に営業している飲食店舗の内偵調査の話をしよう。
 立地や建物の外観などは、店舗の営業時間外である日中に見て回るのが良いだろう。
 エレベーターの位置と台数、それぞれに乗れる人数の確認、階段は内外の何処にあるか、ビルによっては階段が物置と化して使えないといったところもあるので、実際に昇ってみると良い。実際の着手時には一斉に入店することは難しいが、可能な限り効率的に警備官を店舗内に送り込むには、これらの配置状況の把握が欠かせない。
 店の入り口のドアの仕様はどうなっているか、出入り口は一箇所だけなのか、廊下のどの辺りに位置しているのか、扉を監視しながら身を隠すようなスペースはあるか、客も従業員もいない時間帯はそれらを良く調査することができる。
 ビルによっては稀にシャッターなどで施錠されていて、店舗の前まで行き着かないこともあるが、それでもかなりの部分は調査することができる。
 また、興行の在留資格を持つダンサーやシンガーを入れている店舗であれば、店の内装図や写真が入管にある筈だから、それらを参考にするとより詳細に店舗の概要を捉えることができる。
 それ以外の店舗でも、所轄の保健所に図面が届けられているので、それを写しにして入手することもできる。

 摘発者数を上げさえすれば良しとされていた頃であれば、それなりの人数が見込めたところで内偵調査を終了し、摘発計画を立てれば良かったが、特定の容疑者を確保しなければならないとすると、このような内偵調査では不十分である。
 特定の人間がいるのか、特定の容疑が立証できるような店舗であるのか、それを調査しなければ目的は達成できないということになる。
 では、追跡している容疑者を確保する為に、どのような内偵調査が必要なのだろうか。居宅の内偵調査と違って、容疑者の写真があっても、周辺の店舗の関係者から事情聴取するという訳には行かない。
 店舗の周辺に営業上も関係のない住人が住んでいるのであれば良いが、同業者であったり、取引関係者であったりしては、こちらの動きが対象の容疑者に察知されてしまう可能性があるからだ。
 内偵対象の店舗の周辺に、偶々、営業形態等から一切関係していないであろうと思われる場所があれば、そこで聞き込みを実施することもできるだろうが、そういった場所があることは稀なことであり、またぴったりの場所があったとしても、営業時間が昼と夜とで重なるところがなく、聞き込みを行っても知らないといった場合が多い。

 そこで確実さを求めるのなら、入店して容疑者を見つけ出す、入店内査ということになる。
 嘗ては入店して飲食する費用が支給されなかったので、入店内査は主流ではなかった時代がある。
 だが、容疑が売春に関するものであったり、恐喝や詐欺に関係するような事案であったり、摘発されないように会員制にしていたりと、態様はどんどん複雑になっている。
 そうした事案を適正に、かつ的確に摘発するには入店内査は欠かせないものとなっている。
 店に入るにしても、良く眼につく大きな店であれば、ふらりと来ましたってことになるが、入り組んだ雑居ビルの小さな店や、会員制をうたっている店などは、ふらりと入る訳には行かない場合が多い。
 それには店を訪れることになった筋書きを用意すれば良い、一人で行くことはないだろうから、相方と打ち合わせて、飲みに来るようになったストーリーを作り出すのだ。
 先輩と後輩、上司と部下、同級生の二次会流れ、趣味を通じての友人、二人の年令、容姿などから良く考えて役割を決めると良い。
 素面じゃ入れないようなら、入店前に居酒屋などで一杯引っ掛けるのもいいね。
 ただ、他の店で使ったお金を浮かせようとして、内査した店にその店で使って請求された金額以上の額の領収書を切らせたり、領収書が出ないからと言って、内偵調査に使った以外の飲食費まで役所に請求したりしてはいけません。
 そんな馬鹿な話はありえないと言われそうだが、実際、そんな馬鹿な話があって、摘発された店のママの通報で処分された警備官もいるのだから、馬鹿な話とばかり笑ってはいられない。

 警備官の中には、俺と一緒に内偵調査がしたいと言って、自腹を切って参加した者がいた。
 結局、彼の分は一緒に行った警備官で頭割りして清算したが、それくらいの気持ちがなくてはならないと思っている。
 要するに仕事(内偵調査)をする為に飲んだり、食ったりしたものじゃないなら、自分の楽しみや欲求を満たす為に飲み食いした分は自分で払えと言うことだ。
 自腹で呑んで勢いをつけたら、さあ出陣だ。今日の役割分担は、会社の上司と部下の設定だ。
 入店すると、ボーイが指名はあるかと聞いてきた。これで仮に興業のエンターティナーがいたとしても、ホステスとして接客している可能性が高いということだ。
 見たところ、中央に位置するステージらしきものの上には、カラオケのマイクがぶら下がった機械が鎮座している。
 ホステスたちは、フロアの一番奥のところに集まって座っていた。客が入るとともに、マネージャーやママの指示で接客に付くのだろう。
 初めて来たので特に指名はないと、素直に答えるのが良い。ボーイに誘導されてホステスがやって来た。一人は若いがもう一人は目尻や顎の皺などから三十歳は当に過ぎている。
 上司役の隣にその年増のホステスが座るだろう。本当は上司の方こそ、若いホステスに隣に座って欲しいと思っていても・・・。
部下役の警備官は、ホクホクだ。上司役に付いたホステスが、何か飲んでも良いかと聞いてきたら、ケチらず飲ませるのが良い。
 ここまでの内偵調査でも、この店が指名料やドリンクバックなどの制度があるということが分かる。

 乾杯も終わり、徐々に打ち解けてきたところで、店の状況を探り出そうとしていると、ホステスが「あなたたち警察?入管?そうじゃない」などと言い出したら要注意だ。
 入国警備官であること、仕事で店に来ていることを意識する余りに、ホステスを相手にしているにも関わらず、何故か楽しんでいなくて、少し距離をおいた姿勢で質問を繰り返していることから、ホステスから変なお客さんだなと疑われてしまったら詳しい話は聞けないし、それが店の経営者に伝わったりしたら、摘発する為の内偵調査は失敗に終わってしまうものだ。
 こうしたことを防ぐ為には、やはりその場に馴染むような姿勢でいなければならないということだ。肩に手を回し、耳元で囁くのも良いだろう。少し緩むくらいに飲むのも良いだろう。
 但し、どこか頭の片隅に冷静さを保持しながらだが。会話が弾まなければ、ホステスを連れ立ってカラオケを歌ってみるのも良いだろう。ダンスができるのなら、ステップを踏むのも有効かも知れない。
 そうして店の雰囲気に溶け込んで、ホステスとの会話が弾めば、自ずと詳細な状況が把握できてくるのだ。
 内容を記憶し、翌日、報告書に纏め上げなければならないから、記憶がなくなるまで飲んではいけない。まあ、今はICレコーダーなどの機材があるから、酔った自分の言動が記録されることに躊躇がなければ、そういった機材で録音しておくというのも良い方法だ。
 次に特定の容疑者を摘発する為に、摘発部隊を待機させながら先行入店して、容疑者がいることが判明したら摘発するといった事案の話をしよう。
 
 それは摘発強化月間の最中、急に持ち込まれた事案だった。
 都内の飲食店舗でフィリピン人の女性が数名働いていて、その中の「ユキ」と名乗るフィリピン人女性を捕まえて貰いたいということだった。
 簡単と言えば簡単な話で、行って根こそぎ摘発してしまえば良いだろうと思ったが、その後に条件が続いていた。
「ユキ」がいなければ、摘発はしないで貰いたい、彼女の居場所がはっきり分かるのは、その店だけで住んでいる場所も関係者もはっきりしないので、確実にその店で押さえて欲しいというのだ。
 話を持ち込んだのは、都内に選挙区を持つ代議士の秘書で、有力な後援者の子弟がその女性に入れあげた挙句、その女性の関係者、余り筋の良くない男の関係者らしい、その男から結婚を求められているというのだった。
 女性は×一でそれも曰く付きの結婚であったらしく、離婚後、不法残留しているということだった。本名も分からず、源氏名の「ユキ」としか知らないにも関わらず、その子弟は結婚をしようとしたらしい。
 それを知った有力後援者である親が、代議士に相談したということだ。
 そう言った事情だから、「ユキ」はいるかと言って摘発に及べば、摘発を依頼した者が誰であるか特定されるし、いることが確認されないままに摘発して捕らえることができなかったら、また、どこかで子弟と会うまで何もできなくなってしまうというのだった。
 集中取り締まり月間中で、それぞれの班長は他の班より一人でも多くの被摘発者数を上げようと頑張っているところで、いろいろな条件が付いていて、それでいて然程多くの数が見込めない摘発を実施することに難色を示すのは当然だった。
 
 店舗の所在する地区を担当していたのは、俺と同期生の男だったが、許可状を取らなければならないだろうし、内偵調査も摘発前に打ちたいと言って、直ぐに着手することに難色を示した。
 当時の課長は稲田だ。今になって思えば、責任感のないつまらない上司だったと思うが、当時は部下の面倒見の良い上司だと思っていた。
 多分、本省からの要請なのだろう。断ることなど考えてもいなかったに違いない。課に配属された班長を集めて、この摘発を実施して欲しいと言って、誰も引き受けてのいないことに困った表情をした稲田の顔を見て、俺の「敢えて火中の」心が動いてしまったのだ。
「分かりました。それ、俺の班でやりますよ」と言ってしまった。
 俺の後ろで聞き耳を立てている大林等の班員が、がっくりとうな垂れているのを感じながら、これといった勝算もなく俺は引き受けてしまった。
 閑話休題、入店し内情を見ながら「ユキ」なる女性を発見しなければならず、そうして女性が特定できて在店が確認されたら、外で待機している警備官に突入の合図を送らなければならない。
 班員の中からそれらをこなせる者を選抜して入店させようと思ったが、結局、俺が一人で先行入店することにした。
 それには理由があった。内偵調査に要する費用が出ないかもしれないということ、そしてこれが一番の理由なのだが、相方はテレビ番組制作会社のディレクターだということからだ。
 当時、俺を密着取材していたテレビ番組制作会社のディレクターが、俺が放送できないかも知れないよと言ったにも関わらず、是非にと申し入れてきたのだった。

 狭い入り口のドアを開けると、レジカウンターがあり、そこにボーイが待機していた。
 ボーイに案内されて奥に進む途中、カーテンに遮られているが、ホステスたちが控えていられるような部屋が右手にあった。
 店内は壁に沿って十数席のボックス席が用意されている。それらのボックス席に囲まれるように、中央奥にステージがあり、そこにカラオケセットが設えられていた。
 控え室や曲がりなりにもステージを持っていることから、「興業」の資格者を入れていた店なのだろうと思われた。
 だが、俺に言わせればステージと言っても、ショーを見せられるような状態ではなかったし、その後、控え室から出てきたホステスたちとの話からも、ショーらしいショーは行われていないというのが現実だった。
 俺とディレクターの席に二人のホステスが付いたが、二人ともキャサリンだったか、キャロルだったか、いまはもう覚えていないが、「ユキ」などという日本名ではなかった。
 ホステスは指名が入ったり、ある程度の時間が来たりすると、次々に席を移動する。「ユキ」を探している俺たちにとっては好都合だが、まともにじっくりと話ができないのでは、通常の内偵調査のときには不成功に終わるかもしれなかった。
 当時その店に出ていたホステスは十二人くらいだったか、あらかたのホステスの名前を聞いたが、「ユキ」と名乗る女はいなかった。

 このままでは当日の摘発には至らないということになる。このまま無為な時間を過ごしてもしょうがないから、どこかで切り上げる判断をしなくてはならなかった。
 どうせ支払いをして出て行くのなら、精一杯に楽しんでから出て行こうと思い、俺はカラオケを歌ってから出て行くことにした。
 そうしておいた方が次に繋がると考えてのことだ。開店から一時間ほどが経った店は、同伴出勤するホステスも加えて、客とホステスで一杯になっていた。
 後から出勤してきたホステスの源氏名を確かめたかったが、同伴した客に付いていて、それも叶わなかった。
 俺がリクエストしたカラオケ曲の順番が来たようだ。席を立ってステージに向かおうとしたその時、奇跡が起こる。
 俺の手を引いてステージに向かうホステスが「ユキ、************」とさっきはキャサリンだかキャロルだとか言っていた女に、タガログ語で叫んだのだった。何と叫んだのかまでは分からなかったが、「ユキ」と呼ばれた女は、何事かタガログ語で返事を返していたのだ。
 俺は、俺の手を引くホステスに「あの子はユキって言うのか、さっきは違う名前だった筈だが」と言うと、ホステスは「名前はいろいろあるよ。でも、あの子は恋人がユキってつけてくれただって。だからユキって呼ぶと喜ぶよ」と答えるのだった。
 俺はステージに立ち、はハウンドドッグのフォルテシモの前奏がかかっている間に、ポケットから携帯を取り出すと、外で待機している警備官に連絡を入れた。
「ビンゴだ。在店を確認した。打ち込みは・・・五分後だ。よろしく」
 「お前の涙も 俺を止められない・・・・」今宵の俺の歌は、いつになく渋い。俺が歌い終わるか、終わらないかのタイミングで、店の玄関先に入国警備官たちが顔を見せるのだった。俺の計算どおりだった。

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