摘発のすすめ(関係者や関係機関との付き合い方)3

 目先の金を求めたり、一方的に利用したり、不必要に強圧的な応対をしたり、不可能な対応を約束したり、その場限りの姑息な遣り方をしていては、その後の良い関係性は生まれない。
 I県警と合同摘発するつもりで、県警本部へ行ったときのこと。
 内偵調査を済ませて、一箇所で百名近い法違反者が見込めることから、合同摘発を申し込んだものだ。
 こちらの申し入れに対し、県警本部の外事課、生活安全課の警察官は、「入管は、薬物中毒で身元不明の外国人に関して照会しても、全く協力してくれない。それはどうにもならないものなのか」「入管法違反者といっても、もともと入管が入国を認めるから、ここまで違反者が増えているのではないのか、入り口を規制する入管がしっかりとした入国管理をするというのが先だと思うが」「合同摘発するのは良いが、身柄などは全て入管が引き受けてくれるのか」「今回の摘発に当たり、貴局はどのようにして、どの程度の内偵を行ったのか」等々の発言ばかりで、全く乗り気ではなかった。
 最初は椅子を蹴り上げて、そのまま帰庁しようかと思った。隊長と一緒に行ったのでなければ、俺はきっとそうしたに違いない。

 俺はそれらの質問や要請に、真摯に答えなければならなかった。
 確かに当時、文書によって照会をかけても時間がかかり、また、所持品等もなく身分を特定することが困難な者の取り扱いに、警察官が困惑させられることが多かった。それは何処の県警であってもそうだった。
 その当時、俺は懇意にしている警察官からの問い合わせには、可能な限り協力していたが、その場でそういうことは言えないので「路上に放置されていたのであれば格別、通常は関係者がいる筈であるから、それらの者たちから事情聴取し、少しでもその者に関する情報を得てくれれば、国籍を判断することも可能であり、当該の大使館を経由して身分事項の特定ができることもある。
 外国人らしいからというだけでは、入管が引き取ることは難しいし、そのような場合、知事の命令によって措置入院させて、判断能力が改善してから調べるという方法も考えていただきたい。そのような過程において、入管ができる限りの協力をすることは吝かではない。
 そういった協力関係を構築する為にも、警察と入管が合同で摘発することは有意義なことである」と話した。

「入管法違反者を入国させているのは入管ではないかと仰るが、日本は観光立国を目指しているものであり、要件を満たして上陸申請に及べば、原則として覉束的に許可されるものなのです。
 その者が入国後、不法残留等の入管法違反者となるかどうかは、上陸申請時に分かるものでもなく、また、特定の国籍や如何にも入管法に違反しそうな顔つきだなどの身体特徴のよって、上陸を認めないということは有り得ません。
 警察でも、運転免許を与える時に、要件を満たした者には覉束的に与えるではありませんか。
 まさかその者がスピード違反をしそうだとか、駐車違反をしそうだからだとかで免許を与えないというようなことはしないでしょう。そんなことをしたら問題になりますよね。
 入国審査というものは、それと同じです。
 しかも入管法違反者は、刑事罰も用意されている特別刑法犯ではありませんか。
 それらの者の摘発に入管と警察が協力し合うのは至極当然のものであると考えますが、如何ですか」と申し上げた。

 合同摘発をやった後の身柄の収容については、任意同行を求めて、その後、警察が逮捕・送致する身柄、逮捕し65条に基づいて入管に引き渡す身柄、入管が要急収容または収令が発付された旨を告げて収容する身柄、さらに入管が庁舎まで任意で連行する身柄、などに分別される。
 合同摘発を実施するに当たり、一番揉めるのが身柄の選別だ。
 警察は摘発件数が多い方が良いのだが、逮捕・送致して起訴までもって行ける案件であれば格別、そうではない結果的に身柄を引き渡さなければならないものであれば、当初から入管に引き渡すか、65条に基づく身柄引渡を希望するだろう。
 入管にしてみれば、摘発従事者を補完して貰えると同時に、大量の違反者を確保した場合などには、収容能力を考えて一時的に警察に身柄を預けることができるという利点もあるからやる訳で、そこの鬩ぎ合いをどう処理するかが摘発を計画する指揮官の判断・交渉力にかかっている。

 I県警との合同摘発では、先方は身柄全てを65条によるか、入管がその場から任意同行するということで話し合いがなされた。
 結果的には、本部長の意向で数名の逮捕者を出したが、基本的に身柄を抱えたくないという立場を示していた。
 そうかと思うとG県警では、身柄の全てを逮捕し、送致するというので揉めたりもした。
 入管職員に来て欲しいのは、身柄の身分関係や違反容疑を明らかにすることであるから、すべて逮捕し送致するので身柄の取り扱いについて心配は要らないと言うのだった。
 これはこれで困ったもので、入国警備官を通訳や事務職員扱いされるような合同摘発には軽々に乗ることはできないと、丁重にお断りした。
 その後、一時的にG県警とはギクシャクとした関係となり疎遠になりかけたが、増え続ける不法残留者と地域的な問題を抱えていた県警の方が歩み寄ってきている。

 警察に対し合同摘発を申し入れるに際し、内偵調査を実施するとして、大抵は場所の確認とそこにどの位の入管法違反者がいるのかを観察するだけだろう。
 逆にS県警などは、警察署単位で内偵を実施し、詳細かつ長期に渡って調べ上げてくるから、凡そ入管が行う合同摘発用の内偵調査はその質量ともに及ばないようなこともある。
 そうして摘発先の内偵調査を実施し、順次、合同摘発を申し入れてくるところもあれば、こちらから摘発先を用意して合同摘発を申し入れたりするのだが、 
 今でこそ何処も積極的に内偵調査を実施し、合同摘発を申し入れてくるが、合同摘発に習熟していない頃のI県警では、俺の合同摘発の申し入れに対して、「今回の摘発に当たり、貴局はどのようにして、どの程度の内偵を行ったのか」と言って、どうせお前たちは然程の内偵は実施していないのだろうという目で見ていたものだ。
 そこで俺はほんの少しの嘘をつく。

「情報を得たのは、一月に発売された週刊誌の記事で、二月の集中取り締まり月間を挟んで、一月中旬から三月いっぱいまでの間、都合、十回、摘発先の内偵調査を実施しています。
 それぞれ内偵調査の時間帯は違いますが、摘発を実施する予定の時間帯の容疑者の数は、百名を越えるであろうことを複数回の内偵で確認しています。
 それらの者の集合状況を看視した結果、当該箇所から概ね5キロ圏内に居住しているものと思われ、店舗の営業開始時間は大体午後八時頃からとなっていました。
 店舗が所在する二棟のビルには午後六時頃からホステス等が集り出して、午後九時に百名を越えたのを確認しましたので、着手は午後九時以降になると思います」
 こう言ってプレゼンをしたが、実際は朝から深夜にかけて、坂口という当時一番信頼していた警備官とわいわい言いながら周辺を散策したり、店舗への人の集まり具合を看視したり、駐車場やビルの階段、店舗の入り口などを写真撮影したりしたのは、唯の一日であり、内偵調査を実施したのはその一回だけだった。

 当日は結局、結論を持ち越して帰庁しているが、三日後の午後になって「是非とも合同摘発をやりたい。本部長の指示なので、県警を挙げて協力体制を執ります」との返事があった。
 地元にそれほどの数の入管法違反者が一所(ひとところ)に存在するということが、強いインパクトを警察に与えたのだった。
 やると決めた後の警察の対応は早かった。自分たちでも内偵を実施し、摘発当日に使用する車両の待機場所、身柄を選別・護送する体制等に関しては、警察の交渉力・事務処理能力の高さに驚かされた。
 何しろ百人を越える法違反者の摘発であるから、摘発従事者の動員も大変なのである。入管でも摘発部門総出で50人に上る人員を揃えたが、警察はそれに倍する人員を揃えてくれた。
 まあ、数が多けりゃ良いというものでもないが、ある程度の数は絶対に必要となる。
 摘発従事者の数が多くなって、しかも顔見知りでない者が多くなったときのために、目印を考えなくてはならなかった。その当時行ったのは、ゼムクリップを襟元に装着するという方法だった。
 この摘発がケーススタディとなって、その後、腕章を用意したり、ジャンパーを用意したりすることとなる。

 こうして関係機関と調整を図って合同摘発をするうちに、それぞれの県警や所轄署の警察官と親密な関係を結ぶようになるが、どんなに親しくなってもそこに一定のルールを作っておくことが肝要だ。
 最初にお話した俺が自分に課したルール、一方的に利用しないこと、利用されないこと、便利に使わないこと、使われないこと、できることとできないことを最初にはっきりと明示して付き合うこと、そして決して裏切らないということ、その他にも在るのかも知れないが、最低限、これだけの縛りを掛けておけば、徒に密着してしまって身動きが取れなくなるようなこともないし、そうかと言って妙に距離感があって、ギクシャクした関係に陥ることも無いだろう。
 こうした人間関係の構築が、生きている人を取り締まる入国警備官にとって、仕事をする上で非常に重要なものだと考える。
 苦労して構築した人間関係は必ず、君に困難を乗り越える力を与えるし、君の存在を必要とする人がそこにいるという喜びを与えてくれるものだ。

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