摘発のすすめ(摘発計画と摘発体制)

 提報などを基にした内偵調査が済み、許可状が必要なものは許可状請求するとして、摘発計画を策定しなければならない。
 嘗てのような、何処へ行っても入管法違反者がいるような時代ではないのだから、摘発先の状況と対象者の数、それと摘発に従事する警備官等の数を勘案して計画を策定しなければならない。
 俺がやっていた頃には、現場で人員を配置し逃走経路を塞いで打ち込んだもので、そして思ったように摘発者数が挙がらないようなときには、転進と言って近くの場所を摘発したり、帰路に路上で外国人を見かけたら、番かけをして任意同行を求めたりもしたが、ある種の目的を持った摘発を目指す者にはそのような摘発を実施するという選択肢はない。
 計画の最初に現場の状況をきちんと整理し、把握しておこう。逃走される可能性がある経路には、そこを警備する為に必要な人員を配置するようにしよう。
 人員に限りがあるだろうが、最初は必要だと思った人員を配置する。外周、内部の逃走経路、着手し打ち込む為に必要な人員を、最初は何人を動員できるかを考えずに、必要なだけ配置してみよう。

 用意した図面に、外周に人員を配置してみよう。逃走経路に各一名ずつ配置する。工場等の場合は、扉や窓などにも配慮して配置を考える。
 居宅の場合は、玄関と窓に配慮しよう。店舗の場合も、入り口と裏口、そして窓だ、ビルに入っている店舗や居宅であれば、小さな窓であっても飛び降りられる可能性があるから、そこにも留意しなければならない。
 摘発時に例え自業自得であろうとも、事故が起こってはしょうがない。事故処理に手間が掛かるばかりでなく、摘発の実施そのものに問題があったのではないかと言われ兼ねないからだ。
 実際、摘発時にビルの窓から逃走しようとした身柄が、転落して死亡した事故も起きているし、死亡には至らないまでも骨折したりして収容することができない場合もあるので、危険な場所からの逃走を断念させる為に、人員を配置することは重要である。
 逃走経路にあっても、そこに警備官がいるというだけで突破しようという気持ちが起きないように、姿を見せて警備するように配置しなければならない。但し、ひとりの警備官が対応できる広さは、3メートル程度だと考えた方が良く、五メートルを超えるような広い通路には2人を配置するのが望ましい。

 逃走経路及び外周を固めたら、突入する箇所数に合わせて人員を配置しよう。
 閉鎖された空間においては、一人の警備官で三人から四人を制圧することができると考えて良い。
 もっとも、こうしてそれぞれに必要な人員を配置しても、実際にはそれだけの人員が確保できないこともあるから、この配置状況を考えるというのは、摘発時に何処に警備官を配置するのが効率的であるか、また、配置を外すとしたら何処にするのか、優先して配置する場所は何処なのかを考える為だという意味が大きいのである。
 そうして計画が出来上がったら、従事する入国警備官、合同摘発の場合、従事する警察官等の招集に掛かろう。合同摘発の場合は、比較的に 警察官が大量動員されるので、予定している人数を配置するのに然程の苦労はないだろう。
 問題は、入管単独で着手しようとした時に、必要と考えられる人数を準備できなかった場合だ。
 そうした場合、万全であるとされる体制は採れないから、少し工夫をしなければならない。

 その工夫とは何か、配置する人材を常日頃から良く知ることにより、適材適所の配置をするということだ。
 入国警備官の採用試験を受けて採用された入国警備官が、全て心・技・体のバランスが取れた者であるとは限らない。どちらかと言えば、頭脳において勝るような者が採用される傾向にあることを考えれば、優秀な頭脳を持つ者を如何に鍛え上げるかが重要である。
 役に立たない、育たない、やる気が見えない、等と言って切り捨てるのは容易いが、そうしたところで代わりに優秀な者が採用される訳ではないのであるから、少なくとも自分と一緒に行動をする仲間である入国警備官の長所・短所、得手なこと、不得手なこと、特技、等について承知し、把握することが必要である。
 誰もが花村のような心身ともに強固で、中国人の騒乱状態を収めようとして、単身乗り込めるような者であれば、誰を何処に配置しようが構わないのだが、そうではない筈だから、常日頃からコミュニケーション(意思疎通)を図っておくことが、工夫された配置をする上で重要なポイントとなる。
 
 俺が現役の頃に一緒に摘発をやっていた者たちも、その全てが抜群の能力を持っていた訳ではない。
 それどころか入国警備官としてどうかというような者さえもいた。しかし人事権のない俺は、一緒に働く部下や後輩を選ぶことなどできなかったが、俺を含めてせいぜい十数名のメンバーであったから、グループで一緒に二週間も活動すれば、それぞれの個性や特質は分かることができたし、最初は図面に名前を落として細かな指示を与えなければならなかったが、それも時機に現場でそれぞれが自分の役割を心得るようになり、指示するまでもなく動くようになって行った。
 それには朝早いときには、前日から泊り込んで話をしたり、夜間の摘発を終えて早朝に解放されて引き上げる時に、一緒に朝食を摂ったり、大きな摘発が終われば打ち上げと称して、会議室等で飲んで、騒いで、話をしたりして、お互いを知って、知らせてということを繰り返したことによるものだと思っている。
 そこにあるのは、相互の信頼関係であり、仲間であるという強い意識を共有している連帯感によって成り立っていたものだと思う。
 
 さて、特殊な摘発、特定の容疑者を追うような、徒に数を追わなくても良い現在の摘発、それには体制も自ずと嘗てのようなものは必要なくなるし、より少人数の精鋭で臨むことの方が重要となる。
 それにはひとりの容疑者について、三人のパーティーが俺的にはフィットしていると考える。
 内偵調査の段階では、二人が調査に出かけている間は、ひとりは事務室において、資料収集・調査関係事項照会・関係機関との電話連絡等の現場のサポートをする。
 俺がやっていた頃、その時によって相棒は違っていたが、俺は大林、北川、梅元等々と、二人で組んで張り込みをやったり、追跡調査をしたり、していた。
 相棒の選択基準は、大勢での摘発をしている時に、帳場を任せることができるかどうかだった。
 帳場を立てるという意味合いについては、摘発実施後の事件処理の方法を論じたこの後に説明するが、事件処理に当たっては、事件の端緒から証拠物の取り扱い、事件内容の把握、そして落としどころを想定しての事件処理等、事件の全体像を把握する者が必要であり、総括的にそれらを把握する者が指揮官であるとすれば、それを補佐して事件を整理し、進行状況を確認しながら事務処理を行う者が帳場を動かしている。
 それらの者は集団においては帳場にいて事件を進行管理する者であるが、バディを組んで調査するときには、単体でもまた相方の補佐的にも自在に動ける者であると言える。

 今後、これまでお話してきたような少人数で調査を進めて、対象を絞り込んだ段階で従事者を集めて摘発するというようなことが主流となれば良いと思っている。
 単純な不法残留や不法就労などではなく、集団(複数であればこう呼んで良い)不法入国、集団不法就労、それも組織的なものであるとか、偽変造文書や虚偽の申請内容が関係するもの、暴力団などの社会的悪者が関係するもの、これらの事件を手掛ける環境が整ってきていると考えると、叶わぬ夢だが今の時代に、俺が三十歳代で入管にいたかったものだと思ってしまう。
 どうだろう、此処まで話をしてきて、9時から5時までの公務員では飽きたらない者の時代がやって来たのだと思えないだろうか。
 数多いる入管法違反者を、日夜を問わずに追いかけて、摘発するというのもそれなりに遣り甲斐があったのかも知れないが、数こそ少ないものの、巧妙な手段を講じていたり、防止策を採ってもその裏を掻くような偽変造文書事件を摘発したり、永住権を持っていることを良いことに、不法就労者を雇用し搾取している者を摘発したり、表向きは真っ当な格好をしていながら、実際は裏でこそこそと動きまわっている者を摘発したり、ホステスと変わらない就業形態の「興行」の資格者は認めないと言われながらも、何故かそこにいる疑わしい者を調べたいとは思わないか。
 さあ、意欲ある、物思う入国警備官たちよ、街へ出よう、不法残留者数が三万人を切ろうと限りなくゼロになろうと、そこに入管法に違反する者はいるのだ。

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